■ 松尾たかひで 一期一会 ■


田中マルクス闘莉王選手(サッカー日本代表)  2008/11/23(日)
達増拓也・岩手県知事  2008/11/23(日)
森下豊・橿原市長  2008/11/23(日)
前田武志参議院議員  2008/11/23(日)
蓮舫・参議院議員  2008/11/22(土)
森田実さん・政治評論家  2008/11/22(土)
二宮清純さん(スポーツジャーナリスト)  2008/05/13(日)
柔道・野村忠宏後援会の皆さん  2008/04/07(土)
パンツェッタ・ジローラモさん  2008/02/10(日)
北川正恭・早稲田大学教授  2008/01/27(日)


田中マルクス闘莉王選手(サッカー日本代表)

私はサッカーを心から愛しています。キャプテン翼ではまって、1990年のワールドカップを見てヨーロッパサッカーにはまり、キング・カズを好きになり、イタリアのマルディーニを追いかけ続けました。

同い年(1977年生まれ・学年は1級上)の中田英寿選手が活躍されている時が私の「サッカーオタク」のピークではありましたが、もちろん今でもサッカーをこよなく愛しています!

今もっとも好きな選手は闘莉王選手です。
あの闘志あふれるプレーと集中力、そしてフィジカルコンタクトの強さや、並はずれた攻撃力、キャプテンシーなどあげればキリがありません!!

10年に一人の素晴らしいサッカー選手です。
誰よりも日の丸を背負う責任を感じる闘莉王選手が必ず日本を2010年のワールドカップ出場に導いてくれると信じています!!

頑張れ!!サッカー日本代表!!!
松尾高英は闘莉王選手を応援し続けます!!!
Date: 2008/11/23(日)


達増拓也・岩手県知事

民主党の衆議院議員であった達増拓也さん。
あの小沢王国と言われる岩手の知事となられましたが、改革派知事と言われた増田知事の後でもあり、大変なプレッシャーだったと思います。

地方分権の時代の今、県知事の権限はますます増えています。
省庁の機関委任事務だった知事職が今や政治決断を迫られる仕事に。その決断でわれわれ県民の生活も変わる時代となりました。

奈良県天理にあったシャープの液晶部門が、三重県亀山市に移ったことは政治的な敗北と言えます。一部上場の森精機でさえ奈良県から本社を移しかけたので、前田武志さんがあえて知事選挙に挑戦したのはもう5年も前のこと…。

多選の現職知事に対し奈良県中の各種団体や政党など約800団体が推薦を出し、圧倒的な資金力とマンパワーでしたが、奈良県民に前田議員の訴えが届き接戦に。

しかし、約4万票差で前田議員が惜敗。

結果、森精機は大和郡山市から名古屋市へ本社を移されたことは記憶に新しいことです…。

知事で県民の生活が変わることを思い知らされた選挙でした。。。
Date: 2008/11/23(日)


森下豊・橿原市長

前田武志議員の後継者として奈良県第4区の衆議院議員予定候補者であった森下豊支部長。

前回の衆議院議員選挙では、あの「郵政解散」の煽りを受けて全国的に民主党候補が惨敗する中で、奈良県内の民主党候補者で最も多くの得票を得た方です。

誰もが次の総選挙で衆議院議員にと考えられていた時、国よりも身近な地域が危機的な状況になっていると橿原市長選挙へ挑戦されました。

確かに、森下さんが市長選に出なければ橿原市がこれほど財政難になっていることさえ知られなかったと思います。4選多選の弊害、一部の権力者で税金の使い道を左右する体質等…前田武志議員が知事選挙に挑戦した当時とよく似ていました。

私の兄貴であり信頼できる森下豊さんと共に、市政改革を行ってまいります!

PS:写真は07年の党大会の時の写真です。当時は、森下総支部長、私は前田議員秘書でした。小沢代表から激励を頂きました。
Date: 2008/11/23(日)


前田武志参議院議員

前田武志参議院議員に出会わなければ、私が政治の道に進むこともありませんでした。

政治の師匠であり、人生の師匠です。

前田議員を煙たく感じられる政党の方から「政党をコロコロと変わって」と批判されたこともありましたが、半世紀以上も一党独裁が続いている日本の中で、自民党に代わりうるもう一つの保守政党をそんな簡単に作れるはずがありません。

自民党を飛び出し、政党を作り、時には接着剤となり「政権交代可能な二大政党制の確立」を曲げずにここまで政治改革一本にやって来られたのが前田武志議員です。

自民党元幹事長から「今度の選挙は自民党から出てほしい。それが無理でも無所属で出てほしい。」と選挙のたびに誘いを受けられてもそれを断って、弱小だった民主党の旗を掲げ続けたのが前田議員です。

自分が当選することや大臣になることだけ考えれば自民党のままでよかったんですから。。。

日本の将来のために二大政党確立に政治生命をかけられた。
前田武志議員の志を受け継いで、私も民主党の旗の下、活動をさせて頂いています!
Date: 2008/11/23(日)


蓮舫・参議院議員

蓮舫・参議院議員とは8月2日に行われた吉川政重第3区支部長のタウンミーティングで出会わせて頂きました。

元ニュースキャスターでもある蓮舫さんは出産・育児を経験された2児の母親です。「子どもの毎日から、始まる。」を柱に、少子化対策や子育て政策などの専門家であり、食の安心・安全問題にも真っ先に取り組まれれる民主党を代表する政治家です。

08年11月、われわれでも驚く事故が発生しました。
あの大都市東京での妊産婦タライ回し…最終的に治療は受けられましたが3日後に母親が死亡した辛いニュースでした。

蓮舫さんは早速に周産期医療再建ワーキングチームを立ち上げられ、周産期医療の体制を整備するための対策をまとめる作業を行われています。

そもそも医療にはリスクが伴うもので100%という数字はありません。その中で、われわれは医療に過度の期待をしすぎているのかもしれませんが、政治のチカラで制度を変えたり体制を整えたりできるのであれば是非とも改善策を考えて頂きたいです。
Date: 2008/11/22(土)


森田実さん・政治評論家

数多くの政治評論家がいらっしゃいますが、最も信頼できる政治評論家は森田実さんではないでしょうか。

あの小泉旋風吹き荒れる時期、マスコミの中で唯一小泉批判をされていたのが森田実さんでした。その結果、森田さんは番組を降板させられ、テレビから姿を消されました。

しかし、森田さんの凄い所はテレビの仕事があれば出来なかった地方行脚を始められたのです。日本全国の田舎に行って、地場の経済を自らの目で時間をかけて見てこられました。

同時に、マスコミではあまり取り上げられなかった関岡英之さんの「拒否できない日本」をいち早く紹介され、アメリカからの年次改革要望書の存在に警笛を鳴らされた方です。

更には、自民・民主の大連立の際に小沢一郎代表を大批判されたもの森田実さんでした。

信頼できる政治評論家の森田実さんのホームページでいつも勉強させて頂いています。

写真:前田武志議員の勉強会にて
Date: 2008/11/22(土)


二宮清純さん(スポーツジャーナリスト)

地方自治体議員フォーラム全国研修会にて。

スポーツジャーナリストの二宮清純さんは日本サッカーを育ててこられた方でもあり、Jリーグの創設時期から支えられてきた方です。

川渕三郎キャプテンと熱い情熱でJリーグ100年構想を掲げられ、地域振興、郷土を愛する精神、この町を愛する心の財産づくりがJリーグの真の目的だというお話を聞かせて頂きました。

Jリーグが出来たのは1993年。当時年生だった私にとって最高に興奮する歴史的な瞬間でありました。

これまでの日本のスポーツは企業が中心でしたが、ヨーロッパは地域とその住民が中心。だからJリーグは野球と違って企業名がチーム名になっていません。

今では、大都市でない地域からJリーグチームが生まれ、まち全体で盛り上がり、クラブが家庭となっています。政治の世界では中央集権から地方分権が叫ばれていますが、サッカーの世界ではすでに地方分権がされています。

大変有意義なお話を聞かせて頂きました!
Date: 2008/05/13(日)


柔道・野村忠宏後援会の皆さん

柔道の野村忠宏選手は、前人未到の五輪三連覇の偉業を成し遂げた偉人です!

日頃から大変お世話になっている野村選手の父親である野村基次・豊徳館野村道場館長から「勝負」に対する心構えをご指導頂いています。

残念ながら、怪我の影響もあり野村忠宏選手の北京五輪出場は立たれてしまいましたが、今後も野村選手を応援する気持ちは変わりません。

奈良県広陵町には金メダルが4つもあります!!
奈良県の、日本の誇りであり英雄です!!
頑張れ!野村忠宏選手!!
Date: 2008/04/07(土)


パンツェッタ・ジローラモさん

イタリアのナポリ出身のパンツェッタ・ジローラモさん。
2002年のワールドカップのチュニジアキャンプ地になって以来、橿原市とチュニジアの交流が始まりました。

2008年2月10日、この日は橿原市主催のチュニジアデイの目玉として、チュニジアにゆかりのあるジローラモさんのトークショーが行われました。

ジローラモさんと言えば、サッカーファン(イタリア・セリエA)にとっては兄貴的存在で、日本にイタリアサッカーの楽しさを輸入された一人です。

私は学生時代に「セリエAダイジェスト」を毎週欠かさず見ていました。ジローラモさんも怪我をするまで名門ナポリでサッカーをされていまして、イタリアの至宝でありナポリの英雄である「フェビオ・カンナバーロ」や往年のユーベ名DF「チロ・フェラーラ」の話を少しだけさせて頂きました。

ジローラモさんも「こいつかなりマニアだなぁ」って笑顔で返して下さいました(笑)。橿原市のサッカーマニアを代表して、ジローラモさんに御礼を申し上げました。

写真:この頃の私、太ってますねぇ…笑
Date: 2008/02/10(日)


北川正恭・早稲田大学教授

北川正恭さんと初めて出会わせて頂いたのは東京で行われたマニフェストの勉強会でした。三重県知事として名を馳せた北川さんですが、三重県議会議員や衆議院議員も務められた政治家です。

私の師匠である前田武志議員が建設省の官僚時代に三重県工事事務所長をされていた時代からの友人が北川さんであり、ともに政治改革の道を歩んできた同志でもあります。

2000年に地方分権一括法が施行され、ほとんどの権限が省庁から知事に移りました。前田議員とともにその分権改革を進めていた北川さんは、法律改正と同時に三重県知事選挙に挑戦され、初当選。

後の大活躍は皆さんが知るところです。

三重県は四日市のコンビナートで栄え、鈴鹿の自動車工業で栄えましたが、次の時代の産業がなかなか育たなかったそうです。

そこで目を付けられたのがあの「シャープの液晶」でした。
奈良県天理にあったシャープの液晶部門を、奈良県が「シャープさんから言われているような10万坪の土地がない…」とか言っている間に、インフラ整備した亀山に誘致された。

とにかく決断力が違ったと、後のシャープ関係者がインタビューで語っておられたの思い出します。

そして、マニフェスト選挙を日本に定着させた方でもあります。
今後も時間と機会があるごとに勉強会に参加させて頂きます。

写真:民主党の政治スクール時。その後、市議会議員になってから御挨拶させて頂いたら「あんたも偉くなったなぁ」と冷やかされました(笑) 教授、初心は忘れません!
Date: 2008/01/27(日)


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